20081226

ランドオフィス




優秀なデザイナーに、ランドオフィスのキャラクターを依頼し、
ただいま作成中である。
こんな感じのキャラクターになると思う。
よく見るとかわいいが
まだコイツには名前がついていない。

来年は良き一年になる予感がする・・・とても強く。
ウチワを左手に持って、高級焼肉店で毎晩のように
生肉にむしゃぶりつく自分の姿が鮮明に見える。=ウソ

我が社、ランドオフィスの将来を考えて、
事業展開の基礎を一年間で作り上げようと思う。

そのために、こうしたキャラクターが必要なのだ。

はやいとこ良い名前を付けて、
新たに立ち上げるホームページの顔になってもらう必要がある。
そう思うと、がぜんやる気が出てくる。
今年一年を振り返って、
イヤなことはすべて水に流そうと思う。

20081223

青春


Photo by 馬場晃

さて、青春とは一体なんでしょう。

それは、1円にもならないような無駄に思えることを、
一生懸命やれることなのではないだろうか。

本人にとって「いつか役に立つ」なんてことより、
無駄と知りつつ行動を起こせることと、
それに共感する仲間がいることだと思う。

いま、ニートの問題から、失業、非正規雇用者などに至るまで、
彼ら多くの若者は、この青春というものを経験していないか、
はき違えているのかもしれない。

それと、もうひとつのキーワードは「孤独」である。
無駄と思えることも「仲間」と行動を共にすることで
有益になることもあるのだ。

彼らは「1円にもならない無駄」な生き方を選択している。
「1円にもならないような無駄」とは大違いである。
つまり、ハタから見て「いつか役に立ちそうな無駄」と
「役に立ちそうもない無駄」の区別がつかないのだ。

そんな若者を育ててしまった責任は、私たち・・・
オトナにある。

忠告をしないオトナと、聞く耳を持たない若者との間に
壁を作った。早いハナシ、面倒くさいのである。
自分勝手に生きる若者たちに対し、哲学を解くこともなく、
媚びたオトナたちが世の中を動かしてきたのだ。

そんな株式会社ニッポンも閉店する時期が近い。
せめてこんな時代を記憶にとどめるためにも、
残骸を集めて番組に残さなくてはいけない。

ここに一枚の写真がある。
ひとつの時代を作り上げた人生道場の閉店である。
この店の残骸を拾い集め、
また新たな道場を築き上げる若者に期待をしたい。

20081222

映像


キハ185

今年も終わろうとしている。

今年一番印象に残った映像は、なんだったのだろうと考える。
心にしみる感動の映像はやっぱり北京オリンピックの、
男子400mリレーと北島選手の200m平泳ぎかなぁ。

今年は色々な一年だった。

年始は昨年からの仕事の続きで北海道でのたくさんの想い出が
蘇ってくる。となりのとなりのクラス会にも参加できたし、
友人にも会うことが出来た。

順調な滑り出しだったけど、夏には大きな傷を残した。
そのまま、いままで引きずって生きてきた。
立ち直るにはもう少し時間がかかりそうだ。

テレビ番組の制作の仕事をしているボクにとって、
映像と文章は別々の脳の部位を使っているのが
よく解る。

文章には並々ならぬ自信がある。
編集にもそれなりの自信はある。
それらが同時に働かないのがボクの欠点。
どうしても別々の脳が働いていると感じるのだ。

来年は50歳。
50代は脳を鍛えるのに一番良い年代だと思う。
今まで、見て、感じて、鍛えてきた感性が花開き、
映像として完成していく年代なのだろうと、
ひとりで勝手に思っている。

20081214

ゴミ屋敷


photo by 伊藤寛

徳島県で30年間ゴミを溜めてきたおっさんをニュースで見た。
行政指導でゴミを片付ける様子がテレビに映し出されていた。
行政の担当者がそのおっさんを怒鳴っているのが印象的だった。

きっと行政も、30年間何もしていなかった訳ではないだろう。
付近に迷惑を掛けたり道路の不法占拠で危険だったり・・・
今回は満を持しての指導だったに違いない。

しかしである。
不法占拠や、近所迷惑であるということだけで指導したのなら、
それは配慮に欠けるのではないかと思う。

ボクに言わせれば優しさが足りないのである。
過去に於いて、おっさんの数年後や人生を考慮して、
指導したことがあるのだろうか。

邪魔だからという前に、心の通った注意が必要なのである。

世の中すべてにおいて、優しさが足りない。

政治の世界も、そのように考えていくと
すべての答えが出る時期が来たような気がする。

麻生太郎は、優しい人なのだろうか。
小沢一郎はどうか。

ニュースなんかも見方を変えることで、
様々なことが頭をよぎる。

20081212

映像制作という仕事


下北沢 Photo by 馬場晃

ボクは映像を制作する仕事をしている。
TV番組が主だが、なにもテレビに限ったことではない。
DVDもあるし、写真やCGみたいなもの、
なんだか解らないけど音楽と映像をmixしたようなものなど。
昔はこんな仕事に就くとは夢にも思ってもいなかった。

映像制作など、実はそれほど得意ではないし、
情熱を傾ける・・・という熱さはそれほどもない。
じゃ、なんでやっているのかというと、
流れみたいなものかな。

「私は映像を制作していますよ!」
「すごいことやっているんだ」
みたいな奴もいる。まぁ、それはそれで立派なものです。
だけどボクはそんなこと微塵も考えたことも、
想像もしたこともない。

最近テレビのニュースで、
「MRI(医療器具)を使って、考えていることが映像になる」
という技術を開発した人がいる、なるほどそれは本当だった。
今後、意識障害者とのコミュニケーションなどに役立つと思う。
きっと、犯罪の容疑者に対しての応用もあるだろう。

頭で考える想像の世界が映像になんてなったら大変だ。
それはそれは壮大な映像が現実のモノとなる訳だし、
もしかすると人類の起源や宇宙の謎まで解るかもしれない。

もっとすごいのは・・・下心が丸見えになったり、
良からぬ?想像が映像になっちゃったりしたら・・・
もう恥ずかしくて街も歩けなくなる。

もうこれは、「筒井康隆」バリの、
SFの世界に入り込んでしまうのではないかと考える。

今後はウソをつくにもそれなりに、
想像力を働かせなくてはいけなくなる。
仕事というより、そっちの方で
映像制作力が試される時代がやってくる。

20081210

yes we can



I have a dream,today と、民衆に
語りかけたのはマーチンルーサーキング。
Yes we can と語りかけたのは
ご存知オバマである。

キングは「私」一人称単数系であり、オバマは「私」を含む複数形である。
この違いが、人種差別の長く哀しい歴史の時代を象徴しているとボクは考える。
いやいや、決してオバマの場合「公民権運動ではないので」
という見方もあるが・・・。

日本の首相の就任挨拶で、この人称について調べてみた。
すると断然、一人称単数系「私」がおおいことに気がついた。

この結果は何を意味するのだろう。

夜明けはまだまだ先であるというのか。

20081209

テレビの仕事


photo by 馬場晃

仕事をする・とは、一体なんだったっけ・というほど、ひま!

まぁ、それはともあれ、
ボクにとって仕事とは、別に何をしていても良いと考えている。
別にいまの仕事でなければダメだということはない。

ボクにとっては、仕事などよりもっと大切なことがあるから
テレビの仕事はタマタマやっているだけのこと。
強いて言えば面白くて難しいから続いているんだけど。

サラリーマン時代からひとつだけボクのポリシーは変わらない。

仕事を通して色々な人と巡り会い、語り、人生というものを
考えさせられたり、考えてもらったりしていた(いる)ことだ。

年配者も若者も関係なく、互いに勉強し、励まし合いながら
人生をおおいに語ることがボクの人生だ。

仕事ができるとか、出来ないとか、あまりボクには関係がない。

仕事を通してどれほど人間として成長していけるかが
勝負なんだと思う。

いくら仕事ができても、挨拶ひとつできない奴はダメだ。
挨拶できない不器用な人もいる・それはそのような人だったら
それで良いと思う。人間的に認めるし。

ただひとつ!
優しくなければ生きていけない・・・ということ。
優しくない奴はダメだ・・・ということ。
人に厳しくするのも、その根底に優しさがなければ
相手に言葉を伝えることが出来ないのだ。

これはどんな仕事をしていても、
すべての人生において大切なこととボクは考える。

・・・にしても、仕事がないなぁ・・・

まぁ、後にして思うと良い経験だと思うけど。

20081207

馬場一生


Photo リトルシニア時代

この間、息子が事務所に遊びに来た。

ボクが編集に使っているパソコンのデスクトップに、
彼が中学生だった頃の写真が貼付けてあるのを見て、
「・・・」という、言葉にならない、言葉を発していた。

すまん、許せ!

彼は就職活動のため、今後度々東京へ来ることと思う。
まぁ、焦らずのんびりとやってもらいたいものだ。

就職活動は、なにも「人生を決める一大事」などではない。

まだまだ試合さえ始まっていない、
ブルペンでの投球練習だと思えば良い。

誰もがパーフェクトを目指して先発マウンドに登る。
四球を出したら次は、ノーヒットノーラン。
ヒットを打たれたら、完封、次は完投を目指せば良い。

大丈夫!負けてもいいんだ。
生きている間、長い長いペナントレースは続いている。

人生に於いて、自分がエースであることさえ忘れなければ、
また、パーフェクトを目指してマウンドに上がることが出来る。

人生の主役は、誰でもない。自分自身なんだ。

20081206

ランドオフィス



what's rand office ?

20081204

計り知れない



ボクら地球上に生きている人間には、
計り知れないことがたくさんある。
ボクら自身に備わっているDNAだって、まだ解析を
終えたばかりだ。

そればかりか、地球の誕生だってわからないし、
宇宙の誕生など理解できる訳はない。

最もわからないのは、
「なぜボクらがこの星で暮らしているか」である。

科学は進歩している。それはそれはすごいスピードだ。
しかし、「なぜ」と問いかけると、答えは決して返ってこない。

ATGCの配列だけでは、人間のココロの動きまでは
解明できないからだ。
「なぜ、人は人を愛するのか」
「なぜ、人は人と殺し合うのか」
「なぜ、人は嬉しいのか」
「なぜ、人は哀しくなるのか」

「ボクはなぜ今月、金がないのか・・・」

20081202

矢追純一さん



「願い、祈りは必ずいつか叶えることが出来るようになる」
前回のテレビ出演からしばらく顔を見ることのなかった
矢追純一さんに今日、会うことが出来た。

UFO番組を制作する上で、プロデューサーをお願いしようと
会ってきた。

初めて会ったような気がしない。

「人間のことを深く知らなければ、UFOのことなんか
わかる分けないよ」と。

深い言葉から、始まった。

2時間程雑談をしてくれた。素敵な人でした。

必ず番組を成立させようと、ココロに誓った。
しかしなぁ、NHKは敷居が高すぎだよな。

20081125

ランドオフィス



ボクの会社がなぜランドオフィスというのかというと、
リサーチアンドディレクションの略だった。

先週、ボクが会社を始めた頃、一緒に仕事をしていた仲間
「高橋究」通称、キューちゃんと8年ぶりに再会した。

ギターの競演をしてくれた。(詳細はいつか・・・)

なんだか、彼はずいぶんオトナになっていた。

その頃は、アシスタントディレクターから
ディレクターになりかけの頃で、彼もずいぶん苦労していた。
いまは三人の子持ちで幸せに暮らしている。

再会してすぐに8年前の記憶が走馬灯のようにクルクルした。
あのころは楽しかったし。

でも、いまもこうして会社を続けているとは想像もしなかった。

いまはあの頃より、とても大変で苦しいのが実態だ。

でも、楽しいからやめられない。
TVの番組を作るのは難しいからかもしれない。

まだまだ、半人前です。

20081120

ションベンつらら


Photo by AkiraBaba

こんな風に寒くなってくると北海道時代を思い出す。

ボクが小学生の低学年の頃住んでいた、名寄市では
−25度で一時間、−30度で二時間、
−35度を超えると学校が休みになる仕組みだった。

寒いのなんのったらありゃしない。

歩く音は「ギシギシ」いうし、
鼻水はほっぺたで凍り付き、
つぶった目は開かなくなる。
鼻で吸った息は、そのまま凍り付いて鼻毛が白くなる。
学校へ通うにはみなスケートやスキーを履く。

しゃべった言葉までが、凍り付いて途中で
地面に落ちてしまい相手に届かない。

天につばをすると氷が落ちてきて
立ちションベンは途中でつららになる。
だから町中に地面からたくさんのつららがはえている。

これから半年間、
春が来るのが恋しい季節になってくる。

20081119

三角UFO


この動画はボクが作ったフィクションですよ

しつこい様ですが
これがボクの見たUFO。

まさにこれくらいの時間見ていました。
音もせず・・・

ふーという感じで飛んで行き
「パッ」と消えました

大きさは、本当に大きかった

もうこれくらいにしておこうっと。

20081118

三角UFO


ボクが見たUFO

だって、本当なんだものしようがない。
ボクは川崎で仕事の合間に見た。

こいつが空の後ろの方から飛んできて、
目の前で「パッ」と消えた。
10秒くらいの間だった。

それからおよそまた10秒くらいして
2機の飛行機(セスナ)が前から飛んできた。
なんだか、そのセスナが来るから消えたような感じがする。

丸いところは、電気がショートした時に出る火花の色で
やたらに白い球だった。

三角形の中は透けていて空が見えた。

ボクは何故か警察署に電話した。

リアクションはなかった。

いまこそ大声で叫びたい!

「王様の耳はロバの耳」

20081114

釈迦とUFO


浅草 photo by AkiraBaba

いまUFO番組の企画を書いている
しかもNHKに提出しようと考えている

ボクにはとんでもなく大きな未確認飛行物体を
至近距離で見た経験がある

三角形だった

このハナシをするとなんとなく「引いて」いかれるのが分かる
「へぇ・・・すごいの見たね・・・ところで・・・」って

でも本当なんだ

本当に見たんだからだからしようがない

人生を掛け人々に訴えかけて
やりたい番組なんだけど

なんだかまだ、世間でUFOを見た
なんて言うと、
犯罪者扱いというか、アホを見る目をされて
なんだなぁ・・・これが

ここは少しオトナになって
目撃証言をいきなりするのではなく
「UFO」ってなんだろうねぁ・・・くらいから
民衆を導いていかなければならないのか

まるで説法をする釈迦の気持ちだ・・・

あっ!もしかすると

20081111

サムトの婆


自閉症の天才書道家 たっちゃんの作品 「風」 

こんな日はサムトの婆が帰ってくる。
神隠しにあった女性が長い年月が経った後、
寒いある日に家に帰ってくる・・・
「こんな日はサムトの婆が帰ってきそうだな」と使う。
でも家に帰ってきたその女性は、再び山へ戻っていく。

きっと帰らなくちゃならない深い事情があるんだろう。

もう世間では生活ができないのだろうか。

ボクはこれから打ち合わせに出かける。
まるでサムトの婆が帰ってきそうな、すごい寒さだ。
しかし、現在唯一のレギュラー番組の仕事。

ボクにもいかなきゃならない深い事情がそこにある。

20081110

タジタジ争論


多民族国家

黒人初の大統領誕生までの壁は、以外とすんなり飛び越えた
ような感じがするのは何故でしょう。
また、私たち日本人はこのような形で、在日やその二世を
すんなり受け入れるでしょうか?

多民族国家だからこそ成せたことなのでしょうか。

ペルーがフジモリを大統領に据えた時のことを思いかえして
みましょう。やはり現在のアメリカ同様、
経済が混迷を極めていた時代だったのではないでしょうか。


・・・私が考えるに、この際日本は、
クリントンを民主党から出馬させ、総理大臣にしては
どうかと・・・。
日本も多民族国家を少しだけ見習ってはいかがなものか。


今夜のタジタジ争論でした。

20081108

完成!


ついに完成!

かねてからやろうと考えていた、
写真編集が昨日終わった。面白い!
気になる方は、問い合わせください。

内容は、モツたちが・・・
いやいや、

20081104

小室哲哉


薬屋のまわしもの photo by Akira-Baba

小室がボクと同じ年齢だったとは知らなかった。

羽振りの良かった時代もあったのにね。
まぁ、仕方がない。

ボクにも羽振りが良かった時代があるけど、
桁が違うからね。

せいぜい電話料金を期間ぎりぎりで支払うくらいで、
捕まったリはしない。

どちらかと言えば、
小室等だよね、ボクらの時代は。
「六文銭」なんてね、あったりして。
乾いた空を見上げちゃったりしてね。
旅立っちゃったり・・・。

まぁ、小室哲哉が「自殺」しないよう
ココロして見張ってほしいね。

20081103

ランドオフィス


ビール売りの少女 by Akira-Baba

明日から西武球場で日本シリーズだ!

ボクの予想は西部の優勝なんだけど
4勝(西武)−2敗と見ている。

今年の西部は本当に強い。

ボクの会社ランドオフィスも、いつか球団を持ちたいと
考えている。

いや
ペタンクの

20081101

お気に入り劇場

右下のお気に入り劇場に
中西保志が素人時代に
スティービワンダーの物まねをしたVTRを仕込みました。

そっくりですから聞いてみて下さい
1986年頃のものです

愛のスカイライン


ボクとスカイライン photo by H・Nakayama

ボクは18歳のとき運転免許を取得した。

その頃どうしても欲しい車があった。
当時はやっていたのは
いすゞ117クーペやマツダのコスモ
セリカのリフトバックやフェアレディZだった。

ボクが買ったのはスカイラインの46年車。
この写真にある車。
別名「愛のスカイライン」だ。
その後スカイラインは
「ケンとメリーのスカイライン」
「スカイラインジャパン」と名をかえた。

「♫いつだって、どこにだって、
    果てしない空風は歌っていくさ」名曲だ!

先日見かけたとき思わず興奮して駆け寄ったところを
中山カメラマンが撮影してくれた。

それにしても、昔の乗用車は良かった。
個性があったもんね。

この車と同じ車を、
昭和46年に購入(多分当時は145万円くらい)して
現在まで走らずに倉庫にしまっておいたら
1000万円はするだろうなきっと。もっとするかもしれない。

人間も年を重ねると価値が出る。

20081031

どうすれば


南村千里

イギリスに渡航した人は献血ができないという。
ヤコブ病の感染が疑わしいからだ。

あれれ・・・じゃあ、本人はヤコブ病になってもいいんかね。

それは違うかもしれない。
本当はその裏に、もっとおそろしいことが隠れているのだ。

写真の南村さんは、聴覚障害をもったダンサー。
ロンドンで大活躍している。

彼女に、英国渡航者が献血で拒否される理由を聞いてみよう。
何か分かるかもしれない。

20081030

ひいひいひい




馬場美濃守信春

ボクのオヤジが40歳のときボクが生まれた。
オヤジは広夫。
オヤジはじいさんが50数歳のとき生まれた。
爺さんの名は影信。
その爺さんはひい爺さんが晩年のとき生まれた。
ひい爺さんは1836年生まれだ。
名前は八百八、やおはちさんだ。

馬場美濃守信春は、武田の家来だ。
ぼくのひいひいひいひいひいひいだ

なんだかボクに似ている

20081029

馬場のマニフェスト


徳之島にて


ボクが立候補したら次のことをマニフェストに掲げる。

1.自衛隊を廃止し、世界災害救助隊を作る
2.死刑を廃止し、終身刑を採用する
3.ブッシュを一発ぶん殴る

20081028


ノアの方舟


いま、現代版ノアの箱船の企画書を執筆中。
ブログはちょっとお休み!

20081024

レンダリング



ブログが連日のように書けるのは、
今月はほとんど外出がなく、編集ばかりしているから。
レンダリングの最中にブログを書いている。

ギターの練習もそうだ。
レンダリングの時間を使い、
エリッククラプトンに挑戦している。
tears in heaven は最高だ。

ボクのブログの横にあるお気に入り劇場にアップしている。

しかし、まぁ、クラプトンさんは格好が良いし、
ギターもなかなか上手だ。

ボクなど、歌い終わって最後のひと言、
「thank you」くらいしかマネが出来ない。

それにしても、上の写真にあるように
指先にはタコができてきた。久しぶりだ!
(この写真は鏡に正比例しているから手は左手だ)

ちょっとだけ青春だ。

20081023

馬場ヨットスクール開校



久しぶりの徹夜明け。
目覚めはすこぶるいい、かな?そう言えば

タバコと酒をやめて3週間目に入った。
突然やめたものだから、べつになんとも・・・
悲願だった訳でもなく、そこまで貧乏している訳でもない。

禁煙の仕方や、禁酒の仕方などと言う本や情報が出回っている。
そんなもの気合いだけで充分かと思うが、
実はそれほど単純でもない。

依然、薬物依存症の取材をしばらく続けていたことがある。
若い人から年寄りまで、懸命に闘っている。
彼らは単に、意志が弱いのだろうかという疑問が浮かび、
共感するまで時間がかかった経験がある。
よく調べてみると、依存症は立派な病気なのだ。

「薬がなくなりそうになると、不安でしようがなくなる」
というのが依存症であるひとつの証拠らしい。
そういえば、ボクもタバコがキレそうになると、
まだ在庫が充分あるのに買ってこないと気が済まなかった。

そして、薬物依存から抜け出すのに一番重要なのは、
死ぬほどの「どんぞこ」を体験することにあるという。
なまっちょろいタレントの子供たちがやめられないのは
「どんぞこ」を体験させない親の責任でもある!

ボクもどん底を見たひとりだ。呼吸がまったく出来なかった。
死ぬかと思ったその瞬間、どん底を体験したのかもしれない。

そういえば、戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんもそんなこと言ってた。

よし、こうなったらボクも「禁酒禁煙」のための、
馬場ヨットスクールを作ろう!
少しは世の中のためになるかもしれない。

まてよ、
ボクは泳げないなぁ。
ヨットか・・・。

チョットスクールくらいなら・・

就職活動2



てなわけで、ボクは真面目に働いた。

しかし、その後ボクは半年で憧れだったメンズショップの
店員をやめてしまった。

キーコーヒーで3年働き退職。
なんだかまた服屋で働きたくなり、以前働いていた
メンズショップで3年間働く。

その後、何を思ったか、洋裁学校へ通いたくなる。
昼間学校へ行き、夜は午前3時まで働いた。

なんだかその後、マンションの販売会社で働いた。
そこの上司と共に、前の会社「トマム」の営業として働き
転勤で東京へ来ることになった。

ボクは営業や販売が大好きだ。
でも、少しやるとすぐ売り上げがトップになってしまう。
だからすぐ飽きる。尊敬できる先輩も誰ひとりいなかった。

いまの仕事は、36歳から始めた。
最初は番組のリサーチや企画をやった。
今はプロデューサーやディレクターをするようになった。

もう結構長くなった。

仕事が面白い。
なぜかと言えば、難しいから面白くてやめられないのかも。
正解はどこかに隠れていて、中々見つからない。
そのうえ、業界のトップなどは、雲の上の存在でほど遠い。
だから続いているのかもしれない。

しばらくの間、この仕事を続けようと思っている。

でも、自営業/フリーランス/自分で会社をもつ
のは大変だ。

いつまでも就職活動をしているようなものだ。
「ボクを使って下さい・・・
   この企画はいかがですか?」って

20081022

就職活動



植田正治の作品だ 
まぁ、それほど俺様の作品と変わらないけど・・・

ボクは高校を卒業する前から働いていた。
卒業式の日は仕事先から休みをもらって出席した。
専門学校へ24歳で行くまでの間、とにかく働いた。

高校の卒業をひかえた1月。
ボクは履歴書20枚を手で書いて、札幌市内のメンズショップに
配って歩いた。
「すみません、こちらで働きたいのですが・・・」と、
飛び込み営業みたいなことをして歩いたが、
すべてダメだった。
「いま募集していないから・・・」

しかしその1週間後、札幌で一番大きな会社から
電話があった。「もう一度面接するからおいで」と。

当然ながらボクは合格・・・翌日から働いた。

2日目,お店での個人売り上げがトップになった。
それ以来、(現社長)店長と売り上げを競った。

どうしても服屋さんで働きたかったボクは、
洋服が大好きだった、というより
店員さんが好きだったのかもしれない。


あっ仕事の時間だ・・・つづく・・・

20081020

馬場晃

この写真は馬場晃の正体だ。

15年ぶりくらいかな、レントゲン写真なんか。

この写真を解析していただける方がいたら
解析してみてください。

20081018

新しい引き出し

ボクのココロの中には、大小さまざま、へんてこりんな
モノまで含めると、10個の引き出しがある。

その10個の引き出しの中にさらに10個の仕切りがあり、
中には役に立つものや珍しいもの、価値のあるもの、
ガラクタや壊れてしまったおもちゃまで捨てられずに、
引き出しを占領している。

生きているとは、その引き出しの中から色々なものを
取り出してはしまい、取り出してはまたしまいの連続である。

引き出しの中は時々整理をしなくてはいけない。
不要なものを捨てられないと、
新しいものが入るスペースがないからだ。
年齢を重ねると、だんだん引き出しの中を整理しなくなる。

思い切り奇麗に掃除をしてみるといい。

そうすると下の写真のような、楽しい連中が
引き出しの中をちゃんと埋めてくれるのだ。

ボクも妖怪や宇宙人を研究し続けてきたが、
新種のほ乳類をあらためて発見したような気がする。

20081017

のどもと過ぎれば



もうすぐ50歳だ。

オヤジが50歳の頃、ボクは10歳のガキだった。
経済的には恵まれない幼少期ではあったが、
家族はこじんまりと、仲良く暮らしていたような気がする。

オヤジの母親は神主の娘で、父親は警察官だった。
小学校しか出ていないが、とんでもなく頭の良い人だった。
文字は毛筆もペンも、フォントが腰を抜かすほど上手で、
手紙なんか来るものなら、3分の1は読むことが出来ない。

一度、小説を書いて賞金をもらったことがある。

ボクはそんなオヤジを今でも尊敬している。

いましがた、喉もとを通り過ぎた仁丹の味が
オヤジの想い出と重なった。

20081015

集中力!



とまぁ、これが集中力というものなのか!
みな、一概に最後の投てきが素晴らしい成績に繋がっている。

ともちゃんママが投じた最後の一球は、
的になる玉とそこから10センチほど手前にある
ジョシュ&アヤちゃんチームの玉の内側へ、
ひょひょいひょ〜いと
見事に転がっていくではないか。

ものすごい集中力と気合いだった。

ともちゃんママの人生、生き様が垣間見えた瞬間だった。

20081014

天高く 馬場肥ゆる秋

ペタンク大会は、思いもせぬ熱戦と、奇跡の連続で
腰を抜かすほど楽しかった。

優勝は「フィリップ&ともちゃんママ」コンビ。

フランス人のフィリップさんは、やはりうまい。
膝の使い方が絶妙だった。

決勝戦。
そのフィリップさんが投じたラストショットを、
対戦相手ジョシュ&アヤコンビの投じた玉が
目標をとらえ、ともちゃんママの一投を残し
フィリップ&ともちゃんママチームは
絶体絶命の窮地に立たされた。

誰しもが「もうあかん」と目を伏せ、
天を見上げた次の瞬間だった。

ともちゃんママが投じた最後の一投は、
信じられない奇跡を起こした。


この続きは、次回のお楽しみじゃぁ。

20081011

いいもの

煙草も吸わなくなったボクのお気に入りは、仁丹だ。

オヤジの匂いがすると言ったら、
事務所の女の子/城間ちゃんがお婆ちゃんの匂いだという。

その昔「良いものあげる」と、何も持ち合わせのない年寄りが
特権のように手にしていたのが、仁丹だったのかもしれない。

確か、梅の味とか、はやったような気がするけど、
やっぱり仁丹は銀玉に限る。

なんだかボクも、年を取ったのかもしれない。

20081010

CP対称性の破れ


大マゼラン星雲の超新星爆発



別にパンティーストッキングが破れた訳ではない。

この世を形成するすべてのものについて、
+と−が存在する。
しかしそうなると、物質が存在していること自体が
あり得ないハナシなのだ。

+の方がほんの少し多いことから、
「対称性は破れていた」ということで、
この世があり、ボクらも存在することが出来るんだそうだ。

マイナスはどこへいったんだろうな。
きっと別の宇宙を形成しているのかもしれない。

その物質を形成する、素粒子(クオーク)には6種類ある。
アップ、ダウン、トップ、ボトム、チャームとあとなんか。
空から光の速さと同じ速度で、降ってきては地球を貫き、
宇宙の彼方へ飛んでいく。その際3種類のクオークは
それぞれ1回変化をする。(違ったかな?)

そういえば、スーパーカミオカンデでノーベル賞を取った
小柴のお父さんは、陽子の崩壊を観測中に、
大マゼラン星雲の超新星爆発をニュートリノによって発見。

ところで陽子の崩壊とは、10の33乗年が経過すると
物質を構成する陽子が崩壊するのではないか・・・
ということ。

つまり、今ここにあるものが突然音を立て消え去るということ。
そんなこと・・・

待てよ・・・、
あったかもしれない

あっ

20081009

馬場晃

お気づきと思いますが、
ボクの後ろではただいまビルを建築中。
日々進化しているのが分かる。

いや、ボクのビルではない。

昔、ボクは馬場ビルというビルに入っていた。
新宿区荒木町のビルだ。

当然ボクの名刺は「馬場ビルに会社を持つ馬場さん」
となっている訳で、ボクのビルだと勘違いしているヒトは
決して「これって馬場さんのビルですか?」とは聞かない。

真実を聞きたいヒトは「これって馬場さんの?」と聞く。
そんな時、ボクはこう答える。
「確かに馬場さんのビルです」と。

当時、信用金庫もボクに、ほぼ無償でお金を貸してくれた。
必要もないのに「借りてくれ」って。
いい時代だったなぁ。

そういえば、秋葉原にも馬場ビルというのがあると、
友人に聞いたことがある。
今度捜してみよう。

20081008

新記録

禁酒禁煙3日目。
多分これは人生の中で新記録じゃないかな。

そのくせ毎晩居酒屋行って、ウーロンやウコンを飲みながら
晩飯を食べている。
周りもみんな良い人たちなので、自分のためだけじゃなく
そうした人たちに対しても裏切れない気持ちになる。

こうなったら、徹底的に禁酒禁煙運動を、
まずは台東区から始めようではないか!

タバコを吸っている者たちを片っ端から捕まえて、
墨田区の河川敷あたりに追いやる。
酒を飲むものは、足立区に収容所を作り、
徹底的に薬物依存を治療する。

そうなったら、台東区は素敵な地域になるだろうか・・・。

なるはずないもんね。

20081007

禁酒禁煙


ということで、ボクは昨日から禁酒!禁煙生活だ。
だけど、ちゃんと付き合いは変わりませんから
これまで通り飲みに誘って下さいね。

それだけ昨日は、本当に怖い思いをしたんです。
雨の中、もう終わりかと・・・。

調べてみると、こんな風に禁酒や禁煙したヒトが、
しばらくしてまた始めたその瞬間、
大発作を起こして死ぬんだそうだ。

本当にしばらくは節制しようと考えています。

ぜんそくは苦しんで死ぬと言われます。
友人のお母さんもぜんそくで苦しみ抜いた顔で
棺桶に入っていたと・・・思い出しました。

だけど、飲みにもいくし、まわりで煙草も吸って下さい。
全然平気です。きっと!

20081006

死ぬかと思った

今朝、死ぬかと思った。
喘息の発作が止まらず、呼吸困難になった。

ふらふらになって三井記念病院へ駆け込んだ。
内科の処置室では、大勢の患者さんたちが、
点滴や抗がん剤、輸血などしている。

ボクの点滴は2時間も続いた。
その間に、色々な人たちがその部屋に入ってきた。
脳梗塞を煩った人や、ボクなんかより重病な患者さんだ。

あぁ、ボクはまだ不幸中の幸いだなぁ、と思っていたら
医師が処置室に入ってきてこう言った。

「ぜんそくは、下手すると死ぬ病気ですからね。
 いつでも救急で来て良いですから」

ちっとも幸いではないということらしい。

20081005

行ってきた

3日、クラス会へ行ってきた。
クラス会といってもとなりのクラス5組が主催。

まぁ結局、東京に住む高校時代の友人同士が飲む会だ。

みんないまだに若い。
この会に出るたびに「老いてはいけない」と感じる。

みんな、サザエさんのお母さん、
フネさんと同じ年齢ほどになっているはず。

20081003

ペタンク

10月12日、地元台東区でペタンク大会を開くことになった。
幸いなるかな、素晴らしいスタッフに恵まれてバーベキューも
行う。楽しそうだ!

実は台東区の年寄りたちに混じってペタンクをやった。
若者(おれはどうか・・・)チームとして2組が参加。
おれ(若者か・・・)たちはもうひと組の若者チームに勝利。
残るはお婆さんたちチームが7組だったので、楽勝かと考え、
祝賀会をどこで開こうかと思いきや・・・
お婆さんチーム2組に完敗!
決勝へは進めなかった。

くやしい!

あのお婆さんたち、きっとその道のプロに違いない。
ハスラーならぬペタンカーなのだ。
夜な夜な、地下の秘密の隠れ家で多額の年金を競って、
ペタンクをしているのだろう。

なぜなら、試合運びが絶妙なのだ。
負けそうなフリをして、最後の一投で見事な
逆転勝利を飾ったからだ。

20081001

やったー

ギターを買った!
正直言って嬉しい・・・いいにおいがするんだなこれが。
ははははっ、とにかく嬉しい!

何年ぶりだろうかなぁ、自分のために楽器を買っちゃった。

気がつかないほどの傷があったので、およそ定価の半額だった。
しかし、これがイイ音するんだな。

あとは、久しぶりに弾けるよう練習するんだなっこれが。
今月は酒をすこし控えようえようっと。

20080930

風の通り道

それは北海道のサロベツ原野の手前、
どこだったか、まぁその辺です。
ひとりの小学生が歩いてきました。

そこは風の通り道でした

20080923

クラス会というか・・・

10月3日に高校時代の友人たちに会うことができる。
数回重ねて来たこの会は、年に一度のボクの楽しみだ!

しかし、本当はボクのクラスではなく、
となりのクラスの友人たちがメーンである。

今年の1月札幌で、となりのとなりのクラスの
クラス会に参加した。

ボクのクラスのクラス会は、一生開かないのだろうか。
ボクの知らないところで開かれているのだろうか。

ちょっと、声をかけるにも
ボクは東京だからやりづらいし・・・

まぁ、それにしても3日は楽しみだ。
あまりに嬉しくて
前の晩、熱を出さないようにしないといけない

20080911

おっぱい

いま、乳がんの番組に取り組んでいる。
90分番組のオフライン編集だ。

一日中おっぱいのこと考えながら、
女性として生きるとは何かを
考えさせられている。
20人に1人は必ず乳がんになるらしい。
クラスに一人の確率だ。

実は、男性にもほんのわずか
乳がんになる人がいるという。
いやいや、オカマではなく男性にだ。

できれば、煩いたくない病名だなぁって
思う毎日だ。

20080828

火星

大切な友人が亡くなってしまった。

理由はどうあれ、残念で仕方がないし、
自分の無能さを痛く感じてしまった。

死んだら、どこに行くのだろう。
どこかへ帰るのだろうか。

40年もしたら、ボクも死んじゃって、
仲間同志、火星あたりでまた酒でも飲むのだろうか。
残念ながら火星には、写真の通り、
バーも居酒屋も、ラーメン屋もなさそうだ!

20080824

気分一新

メガネを買いました!

近い物も見づらくなったけど、
遠くのものもよく見えなくなってきました。

仕事・・・なかなかうまくいきませんね!
忙しいことは忙しいけど!

20080717

腹が立つ!

本当に人間は、起こると腹が立つそうだ!

昨日は、腹が立って眠ることが出来なかった。
久しぶりに「ぶっ殺してやろう!」と思った
人間がいたからだ。

でも殺すまでもない!奴らは既に人間として
生きていない。すなわち死んでいる!

ううう、また腹が立ってきた

誰かなんとかしてくれ!

20080626

ウヰスキー

このあいだ久しぶりにバーに行った。

煙草をやめたはずの友人がいる。
しかし、少し酒が入るとタバコを吸い出す。
彼はシガーを始めようかと悩んでいる。

ボクもたまにはとシガーを吸ってみると、
これがすごぶるうまい!

何だか映画に出てくるギャングになったみたいで
気持ちがよい。

ボクは煙草をやめるなどという
意志の弱いことはしない。
一度始めたのだから、
死ぬまで吸ってやる。

20080605

あっちぃ

原田大二郎さんと撮影に行った。
64歳にはとても思えないほど、エネルギッシュで
そしてあっちっちいぃだ。
感動するとすぐ泣く!

大学の学生たちと話をしているだけで、
突然目頭が熱くなるのだ。そのへんが64歳かな・・・

左にいるのは妖怪ではない!
構成作家の中村先生。

この人がとにかく面白い。
妖怪に関わるイベントを次々と開いている。
(きっとおそらくこの人自身もそうかと思う)

頭の回転がくるくるくると3回転してから
ひねりが2回半はいる。

そうです、このひとこそ
テレビ界の「月面宙返りマン」なのだ。

20080529

生きているなぁ

地方へきて幸せを感じるときがある。
それは出会いだ。
たまたま、偶然、思っても見ない出会いがある。

いま撮影で、ボクは金沢にいる。
一緒に仕事をしているプロデューサーとは妙に気が合う。
聞くと誕生日が僕と一日違いだったりする。

飲みにいくと今日始めてこの店で働きだした子もいる。
みんな生きていることを実感するように出会いがある。

写真のこやつはチーフだ。
出来すぎの前髪が妙にかわいらしい。

明日からロケが始まる。

寝るか・・・

20080528

どっかーん

徳島といえば鳴門。鳴門といえばうず潮だ。
われわれ探検隊は、ラーメンも食べるが冒険もする。

どっかーん、と音がしたと思ったらカメラマンと
ディレクターが船の中でしりもちをついた。

うず潮はすごい勢いでグルグルだ。
瀬戸内海と太平洋が交差するここ鳴門の海に、
潮汐の関係で2メートルもの段差ができている。
そこにわれわれ探検隊が乗った小さな船は、
勇敢にも突っ込んでいったのだ。

船を動かしている若い操縦士は、
先輩になにやらしかられている。
どうやらなにか失敗したらしい。

「おまえ、なにをしているんだ!」
「すみません…だ、だだ大丈夫でしょうか?」
「ええい、もうこうなったら仕様がない・・・」
「そんな、いいんですか?」
「今日の客は探検隊らしいから、多少の危険は・・・」

などと話をしていたのかもしれない。

こわかった。
写真はうず潮の中で、船がくるくる回っていたときの写真。
このまま飲み込まれて、ふたたび浮き上がったら
ブラジルでした、なんてことはないか!

20080526

ダンサー南村千里



イギリスで活躍するダンサー「南村千里」は、
コンテンポラリーダンスの登竜門「The Place Prize」で
174名の中から上位20名に選ばれ、
8月に行われる上の大会へ進出する、
同じ日本人として、とても名誉に思う。

彼女の耳は、まったく聴こえない。
普段は音を身体で感じながら、ダンスを踊るのだという。

その彼女がいま踊っている「canon for duet」という
曲を編集したのが、じつはボク。
「人の声を映像によって表現したい」とのことで、
頑張った。

「人に不可能はないな」と思うと同時に、
なんてボクはすごいんだろう(とても冗談)と
感心している。

var pageTracker = _gat._getTracker("UA-19590292-1"); pageTracker._addOrganic("bing","q"); pageTracker._trackPageview();